
今回は相談事例を通じて、遺産分割前における預貯金の払戻し制度の概要をご紹介します。

父が先日亡くなり、長男の私が喪主として葬儀を執り行いました。葬儀費用も負担しましたが、相続人間での遺産分割協議は時間がかかりそうです。
父の預金で葬儀費用の負担分を賄いたいと考えていますが、「相続人全員で遺産分割協議が成立しなければ、故人の預貯金は凍結され、引き出すことはできない」と聞きました。
遺産分割協議が成立するまで預貯金の引き出しはまったくできないのでしょうか?

故人の預貯金は凍結されますが、遺産分割協議成立前であっても、家庭裁判所の判断を経ることなく、他の相続人の同意なしで、一定額まで預貯金の払戻しを受けることができます。

ご相談のとおり、金融機関が預貯金の名義人の死亡を知ることにより、故人の預貯金口座の入出金は停止、凍結され、故人の預貯金は相続の手続きが終わるまで基本的に動かすことができなくなります。
しかし、このことにより相続人が過大な負担を強いられたり、被相続人の債務の迅速な弁済に支障が生じたりすることがあるため、2019年(令和元年)7月1日施行の改正民法で仮払い制度が創設されました。
これにより、当面の費用を必要とする各相続人への簡易迅速な払戻しのため、遺産分割が確定する前でも、他の相続人の同意を得ることなく被相続人の預貯金を引き出すことができるようになりました(民法909条の2)。
各相続人は、相続預貯金のうち口座ごとに以下の計算式で求められる額については、家庭裁判所の判断を経ずに、金融機関から他の相続人の同意なしで払戻しを受けることができます。ただし、同一金融機関(同一金融機関の複数支店に相続預金がある場合はその全支店)からの払戻しは150万円が上限になります。
(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)
- <計算例>
- 普通預金720万円の場合、法定相続分2分の1の相続人(配偶者)への払戻額
- 720万円×1/3×1/2=120万円 < 150万円
- 払戻限度額 120万円
なお、これらの制度により払い戻された預貯金は、後日の遺産分割において、調整が図られることになります。
この制度の利用を考えられた場合は、金融機関またはお近くの司法書士などの専門家へご相談をお願いいたします。
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